2001年度講座
講座概要
「素粒子と宇宙を統一する理論に向けて」
分子、原子、核子、クォーク..... と極微の世界に物質の起源を追求してい くことによって、素粒子理論は創られました。一方、星、銀河、銀河団、ビッグバン......と言うように宇宙の起源を追求して行ったのが今日の宇宙論です。
しかし、どちらの理論もこのままでは先に進むことができません。それぞれの理論を記述している量子力学と一般相対論は、互いに相容れないからです。ホ ーキング等は、重力の理論に量子力学の考えを取り入れることによって、幾つかの難問を解決しました。では、素粒子と宇宙を統一する理論はどのようなも
のになるのでしょうか。
それを一緒に考えて見ましょう。
1. 相対性理論(宇宙の理論)
1)時間と空間の統一 2)膨張する宇宙 3)宇宙モデル
2. 量子力学(素粒子理論)
1)極微の世界へ 2)素粒子の統一理論
3. 量子重力理論(ホーキングの理論)
1)反粒子 2)ブラックホールの消滅 3)無境界仮説
4. 素粒子と宇宙を統一する理論に向けて
1)超対称性 2)超ひもの理論
「ブラックホールを探る」
太陽のような恒星は、中心部で水素原子がヘリウム原子に変わる際に発生す る核融合エネルギーで輝いている。太陽の約20倍以上の質量を持つ星では、星 の中心部で水素が使い果たされると、やがて激しい重力収縮がおこり、超新星
爆発の果てに、ブラックホールが誕生すると考えられている。ブラックホールは、その重力があまりに強いために、周囲の空間をゆがめてしまい、そこから は光さえも脱出できない。従って、ブラックホールは、例え存在したとしても、観測的には決して捉えられることがないものと考えられて来た。少なくとも1950年代までは、我々の描く宇宙像にブラックホールが表だって登場することはほとんどなかったと言ってよい。我々は太古以来、人間の目に感じる「可視光」のみによって宇宙を探ってき
た。20世紀に入り、宇宙を探る手段として、可視光に続いて「電波」が登場し、 やがて1960年代に入り、第三の目として「X線」が登場するに至って、ブラッ
クホールに対する我々の認識は大きく変わった。X線は、可視光の1000分の 1 程度の波長を持つ、エネルギーの高い電磁波である。ブラックホールそれ自体 は光(電磁波)を出すことはないが、ブラックホールが連星をなしていて、相
手の星からガスが流れ込む時、ガスはブラックホールの重力によって、1千万 度から1億度もの高温に熱せられる。1970年以降に打ち上げられてきたX線観 測衛星は、この様子を捉えることに成功し、有名な白鳥座X-1の中に、太陽の
10倍程度の質量を持つブラックホールが存在することを確かめたのである。
現在では、人類は、可視光、電波、X線を駆使して、銀河系内の連星の中や、 遠くの銀河の中心にブラックホールをいくつも発見している。質量も太陽質量の数倍のものから数億倍のものまで様々である。このような多くのブラックホー
ルの近傍からは、光の速度に極めて近い高エネルギーのジェットが吹きだしていることがわかってきた。このことは、宇宙は、我々がこれまで考えてきたよ うな静的なものではなく、極めてエネルギッシュな現象に満ちたものであり、単なる星の死と考えられてきたブラックホールが、実はこのエネルギッシュな
宇宙の主役であることを示している。
このように、X線によるブラックホールの発見を転機として、我々の宇宙観は、ここ30年ほどの間に大きく変わってきた。本講義では、宇宙の高エネルギー現象の主役であるブラックホールが引き起こしている物理現象を、様々な観測結果をもとに探って行こうと考えている。
「ランダムウォークと統計物理学」
花粉の中の微粒子を顕微鏡で観察すると、生き物のように動きまわる不規則な動きを見ることができます。この現象は、初めてこれを詳細に調べた植物学者ブラウンの名前をとって、ブラウン運動と呼ばれています。また、これは前後不覚になった酔払いの歩行とよく似ています。一般的にこのような不規則な運動はランダムウォークと呼ばれ、確率や統計の問題と関連しています。物理の対象として拡散現象や雑音の問題に現れ、一方でゴムのような高分子の性質とも関係します。最近では、金融工学などでもランダムウォークに関連する議論がなされています。
ミクロな粒子の統計的な性質からマクロな物質の性質を論じるのが統計力学ですが、講座では、ランダムウォークを統計力学の観点から議論すると共に、応用を紹介したいと思います。次のような項目について話をする予定です。
1. ブラウンからアインシュタインへ
2. 確率と統計
3. コンピュータでランダムウォークを見る
4. 拡散現象と高分子
5. ランダムウォークとフラクタル
6. 金融工学と株価の変動
「カオス -- 予測不可能な決定論 --」
私たちの目の前に広がる、 生の自然現象はとても複雑です。 雲の動きや川の流れひとつをとっても、 あるいは、 草花や木々の成長にしても, さらには庭を徘徊する猫の行動にしても、
何らかの規則を見いだすにはあまりに複雑です。これだけ科学技術が進歩した、と言われる現代にあっても、 原発の突発的事故を予知することはできないし、 風邪の特効薬さえ見つかっていない有り様です。地震の予知を正確にできるようになれば、
東海大地震を心配することもなく安心して暮らすことができます。 パチンコや株の必勝法を発見すればこの低金利の時代もやすやすと生き抜くことができるはずです。
いつ風が吹くか予めわかっていれば, 桶屋も仕事の計画が立てやすくなるというものです。それにひきかえ、物理で最初に習う力学は、 その法則の単純さもさることながら、自然現象と呼ぶにはいささか首を傾げたくなるくらい不自然な設定から話しが始まります。これほど単純な力学法則で、
果たして私たちが日頃目にする多彩な自然現象を理解することはできるのでしょうか。 ”カオス”という考え方は、単純な決定論から、 いかに予測不可能な振る舞いが生まれ、
どのようにして目の前に広がる複雑・多様な世界が作られるか、 ということを理解する1つのヒントになる考え方です。
「低温の世界」
私たち人類が生活している温度範囲は、絶対温度で測って300K(ケルビン、約27度C)を中心に±40度C程度の幅でしょう。さて、もっともっと冷やしていったら何が起こるでしょうか?絶対零度、マイナス273度Cよりも低い温度は存在しないので、主に水で出来ている生き物はみんな凍ってしまって何も起こらないと考えるかもしれません。しかし、幸か不幸か、絶対零度には絶対にたどり着けないのです。その代わりに下げても下げても到達できない、広い低温の世界が広がっています。
そこでは、どんなことが起こっているのでしょうか?地表では、太陽からの輻射熱を受けて300K前後の温度を保っています。物質を構成している原子や分子は、とても激しい熱運動をしています。温度を下げるということは、熱運動のエネルギーを奪い去ることです。そうすると、原子が激しい運動をしている300Kでは見えなかった量子の世界が見えてきます。新聞などのニュースで報道もされている、酸化物の高温超伝導体や、つい最近発見された金属合金の中で最も高い転移温度を持つMgB2などで見られる超伝導現象、それから液体ヘリウムの超流動現象など、日常では観察する機会のない興味深い量子の世界を、皆さんと一緒に観察してみましょう。量子の世界をちゃんと理解するには、量子力学、量子統計力学など、大学の専門課程で勉強する内容が必要になりますので、その原理を、正確ではないけれども、日常の言葉に移し変えて説明をしてみたいと思います。